
劇団第三反抗期という10年ほど活動していた劇団が2001年5月に解散。
その劇団員だった上窪勇樹と伊藤ひろしが立ち上げた劇団。
2000年の春、花見の席で「新しく劇団作るか!」と酔っ払った勢いで9割8分冗談で話していたのが、
当劇団のきっかけといえばきっかけ。
当時は本当に劇団を立ち上げるとは思っていなかった。
フリーで活動していた2人だったが、2003年になり、当劇団を立ち上げる事を決意する!
あ、いや、決意ってほど大それたものでもなく、思い立つぐらいのものであった。
一応劇団なので、代表というか、座長を決めるにあたって、
新宿のロイヤルホストにて2人だけの会議が行われた。
大激論の末、いや違ったジャンケンを行った結果、負けた上窪が座長ということになる。
その後、立て続けに伊藤にジャンケンに負け、作も演出も担当するはめ・・・
いや違った、担当する事になり、
2003年5月、上窪座長 作・演出による「忍者野球」が
新宿シアターブラッツにて旗揚げ公演が上演される。
旗揚げ公演「忍者野球」が終演後、その出演者たちで飲みに行った二次会の席。
カラオケボックスで騒いでいた皆の中で、早川剛史と武田伸二が酔った勢いで、
上窪にジャンケン勝負を挑む事になった。
「ジャンケンではドラえもんより弱い」と有名な上窪だったが、
二人とも意ともあっさり惨敗してしまった。
この結果で、2人とも晴れて正式な劇団員となる。
・・・なんで?と思う方もいると思うが、ジャンケンに負けたら劇団員になってしまう・・・
違った、劇団員になれるのである。それがウチのルールなのだから仕方がない。
劇団員4人となり、話し合いをしようと新宿のつぼ八へ向かう途中、 「忍者野球」の出演者だった塩田良平と偶然に出会った。4人で飲む予定が5人になり、 あーだこーだとワイワイ飲んでいた。 すると、 塩田良平が酔っ払った勢いで、上窪にジャンケンに挑む事になった。 「ジャンケンではカニより弱い」と有名な上窪だったが、塩田は惨敗してしまった。 この結果、塩田は正式な劇団員となった。

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